あいまいな境界

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私は木と漆を使って毎日仕事をしていますが、その漆の話をします。漆器は伝統的に朱色と黒色を主な色としてきました。その朱の顔料は辰砂（水銀朱）と弁柄が使われてきましたが、中でも鮮やかな朱色の辰砂は、大変高価なものでしたので、特別なハレの時に使う色、高貴な色として使用されてきました。ただ、今の僕たちの暮らしを考えると、一年のうちのほとんどが、カジュアルな普段の暮らしであるため、儀式ばった設えを必要とする日も僅かで。だから朱色を使う日も少ないのです。そこで現在の私たちの暮らしに合う器の色は何かと考えた時に、私のなかで「白」という色が浮かび上がってきたのでした。

私は漆を始めた時から、朱色という伝統をそのまま受け入れることをせず、そのことに対する小さな違和感を持ち続けました。それは木工という異分野に自分が属していたから、いわば漆については素人という立場であったからこそ、白色を導き出すことができたように思います。プロだと疑いなく受け入れてしまうことに異議を唱えるのは、素人の特権でもあるのです。「白」は私にとって特別な色です。白いシャツ、白い壁の色、そして白い食器、白磁や粉引の「白」。自分が好んで使う色、身にまとう色が「白」であることに気づきました。そして、雪深い北陸福井で生まれた私にとっては、2階まで届くような雪壁の「白の記憶」が、深く印象に残っていたのです。固定化した伝統ではなく、そうした個人のアイデンティティを優先したからこそ、伝統色から離れた白漆の世界を発見できたのだと思います。

侘び茶の祖といわれる村田珠光は「和漢の境を紛らかす」ことで、その世界を作ったと言われています。彼は中国から輸入された喫茶の文化を禅の思想と結びつけ、「和漢の境を紛らかし」精神的な茶道の世界を創造したのでした。それに習えば、現在の日本も「和洋の境を紛らかす」ことをしているように思います。

日本の近代化は150年前より始まりましたが、現在の私たちの暮らしは近代化を果たしながら、その一方で西洋そのものとも違う、どこか「日本的」でもあるようなところがあるように思います。確かに建築、ファッション、音楽、映画、漫画、アニメーション、料理など、どれを取っても丸ごと西洋とは言い難いようなところがあります。インターナショナルな生活スタイルを受け入れながらも、どこか日本人の好みに合わせて、変換していっているところがあるのです。

日本の家庭料理は和食、洋食、中華、エスニックなど、さまざまな種類を日替わりで作りますが、それに合わせて器を揃えるのは大変ですから、どの料理も受け入れるような「境を紛らかす」器が求められました。また、住宅も服装も、昔の日本とは違って西洋の家庭と変わりないような暮らしをいます。でも、靴を脱ぐ習慣だけは変わらず、それは清潔に暮らしたい、という気持ちが強いからだと思います。日本人はインターナショナルな生活を営みながら、自分たちの感覚に合うように、自分たちの暮らしを変換している。その暮らしの仕方には、きっとアメリカの暮らしにも受け入れられ、楽しめるものがあると思っています。