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小泉誠さんインタビュー | トントン ロッキングチェア

2初めのある日Nalata Nalataのスティーブからメールが届いた。

そこには、3年半ほど前、家具デザイナー・小泉誠さんの個展「Shiro and Shiro」を開催した折、ニューヨークを訪れていた小泉さんとコーヒーを飲みながら、あれこれ雑談をしたこと。スティーブと奥さんのアンジェリークにいずれ子どもが産まれたら、ぜひ小泉さんにロッキングチェアをデザインしてほしいとお願いしたこと。月日は流れ、昨秋に待望の第一子が誕生。それから数ヶ月のうちに、椅子のデザインが完成したことが、興奮ぎみに綴られていた。

「ちょうどいいタイミングで。僕もびっくりでね」

そう目を細めて話すのは、椅子をデザインしたご本人、小泉誠さんだ。アンジェリークの妊娠出産などつゆ知らず、こつこつ椅子づくりを進めていたらしい。

新作ロッキングチェアの製作の背景デザインにこめられた思いなどを小泉さんに聞いた。

ーー はじめてスティーブからロッキングチェアの話を聞いたとき、どう思いましたか?

小泉さん(以下省略):ロッキングチェアといえば、おばあちゃんが編み物しながら寝てるイメージでしょう。ただゆらゆら揺れて、うとうとするのかな。そんな椅子いるかなあっていうのが、正直なところで。イメージがまったくわかなかったんですよ。ところが彼から「子どもを寝かしつけるための椅子」って聞いて。あー、なるほどなあって思ったんです。それだったら考えてみたいなって。

 

ーー 私は子どもが座るための、小ぶりなロッキングチェアだと勘違いしてました…。

そうなの?あははは。違う違う、赤ちゃんを抱いたまま大人が座るんだって。まさか子どもを寝かしつけるための椅子なんて、なかなか想像できないですよね。なるほど性能家具なんだなあって思ったら、作る意味があると感じたんです。

ーー “子どもを寝かしつける”という用途が、小泉さんのデザイナー心に火をつけたわけですね。ロッキングチェアは初の試みですか?

初めてですね。日本の暮らしにはあんまり馴染みがない椅子だから、いままで思い浮かばなかったんだと思います。(今回椅子の製作を担った)宮崎椅子製作所でも作ったことがなくて。社長の宮崎さんから「いいねえ、やってみようか」と賛同を得られたのもあって、製作が始まりました。

 

ーー 名前はtonton(トントン)。小泉さんの命名でしょうか?

そう。赤ちゃんの背中をトントンとして、寝かしつけるときの音。

 

ーー 赤ちゃんを抱いた父親や母親が、椅子に座って揺られているうちに、いつしか赤ちゃんは泣きやみ眠ってしまう。大人もつられて一緒にうとうと、まどろんでしまう。そんな幸せなシーンが浮かぶ椅子ですね。

あったかい感じがしますよね!

ーー ところで小泉さんが椅子を作るときは、どういうところから着手するんでしょうか?

今回の椅子でいえば、ロッキングチェアってウィンザーとかシェーカー家具が源流なので、まずはそこから寸法を拾い出して、大きさや曲線のイメージを掴むことから始めました。

 

ーー そのあと、スケッチや図面にしていくんですね?

最初の出だしのスケッチで、まずは一回、試作を宮崎椅子製作所に作ってもらいました。僕らはいつもそうやって椅子づくりを始めるんです。

ーー え! 図面で調整してからではなく、とりあえず試作を作ってしまう?

そう。原寸の試作をまず作って、ここはもうちょっとこうしよう、とか、社長や工場のスタッフと確かめながら進めます。とくに椅子は座ってみないとわからないし、作ってみないとわからない部分も多い。だから図面で細かく描かないで、とりあえずラフの段階で原寸で作っちゃう。そこから座面の高さを低くしよう、曲面を大きくしようって、何回も何回も試作を繰り返します。

 

ーー デザイナーはみなさん、そんなふうに椅子を作るんですか?

一般的には違いますね。デザイナーが精密な図面を書いて、メーカーが図面どおりに作るだけ。僕らのこのやり方は、ワークショップって呼んでるんだけどね、普通じゃないですね。宮崎椅子製作所とは、もう二十数年来の付き合いなんですよ。2ヶ月に1回、定例で工場へ通っていて、そのたびに試作に座って確かめて。tontonが完成するまで2年かかったから、10個は原寸の試作を作りましたね。

ーー ワークショップ、いい言葉ですね。デザイナーが作った。というよりも、みんなで共作した感があります。

うん、僕も宮崎椅子製作所もいちからトライ&エラーだからワークショップなんです。無駄は多いけど、たしかなものができていくし、スタッフも一緒になって考えるから学びにもなります。

ーー そういえばネットの記事で読みました。宮崎椅子製作所のスタッフによる文章で、「小泉さんがデザインする製品はとてもシンプルですが、同時にとても個性的な特徴が潜んでいます。(中略)何かしら難しい課題が毎回仕込まれています」って。“仕込まれている”の部分に、してやられてる感が漂っていて、笑ってしまいました(笑)

あはははは!いやいや、無理やり仕込んでるわけじゃないんだけどね(笑)工場の技術や機械を僕はおおむね把握しているので。できないこともわかるし、逆にできそうなことの判断もつく。そのなかで、たとえば今回のロッキングチェアでは、曲げにトライしよう!とかね。ここまで大きな曲げは、いままでやってないんです。そんなふうに一歩先を目指すと、僕も、宮崎椅子製作所も、どちらも成長できるから。

ーー 大きな曲げ、ってなんですか?

曲げ木ですね。木を蒸して、金型や木型に入れてかなりの力でプレスして曲げるんです。これまで宮崎椅子製作所でも、椅子の背もたれの部分を曲げるぐらいはやったことがあるけれど、今回みたいな大きくて距離の長いもの(ロッキングチェアの長い背もたれや脚部)は初めて。宮崎社長から「大変だったわー!」って言われましたよ(笑)

ーー ほかに「ここが大変だった!」という箇所はありますか?

椅子にゆらゆらと揺られながらも、落ち着く姿勢、気持ちの良い姿勢を見つけるのに、苦労しました。ラウンジチェアのような、ふっと体を預けられる心地の椅子になるよう、みんなで何度も試作に座って、現場で切ったり貼ったりしながら緻密な作業を重ねました。

もうひとつは椅子張りですね。背もたれに布を張っていくんだけど、途中でステッチを入れないと浮いてきちゃうんです。浮かずに留める工夫なんかも一生懸命やってます。そうそう、枕が付いてるんだけど、固定じゃなくて、ちゃんと上げ下げできるんですよ。うしろに溝が彫ってあって、そこにバーが刺さって上下する。実物を見たスティーブたちが、「おー!枕が動く!」って驚くんじゃないかと期待してます(笑)

 

ーー 当然のことだけれど、細部にまで計り知れない技術と、心遣いがあるんですねえ。

はい、そういう意味では、とても気持ちのこもった椅子ともいえます。

ーー ところで小泉さんはデザインするときに、日本らしさを意識することはありますか?

ないですね。日本人のデザイナーと日本の工房が作れば、なにかしら日本らしさのようなものが表現されるんだろうなあ、ってぐらいです。

ーー 日本のデザインは海外で、シンプルやミニマルと表現されることが多いですよね。小泉さんの作品もそうだと思うのですが。

ミニマルって一般的にはね、削ぎ落とすとか、マイナスのデザインって言うでしょ? でも僕は、それは違うと思うんです。日本のミニマルって、明らかに足し算なんですよ。

 

ーー え!引き算ではなく、足し算!?

たとえば、うどん。ミニマルなうどんって、具もなにもない、素うどんですよね。ある人は、天ぷらうどんも鍋焼きうどんもあるなかで、いろいろなくしていったのが素うどんだって言う。僕は、いや違うと。かつおぶしを選んで、出汁をとって、蕎麦をこねて、足して、足して、ようやくできあがったもの、もう十分だよっていうのが素うどんだと。

 

ーー なるほど!

日本のデザインってね、シンプルに見えるけれど、形を実現するために、技術や鍛錬を足してるわけです。日本の建築もそう。本当に必要なもの、必要な素材、必要な工法で、足して、足して、「これでいいんだ」というところで止める。その結果が、もしかすると日本的な形なのかなって思いますね。

ーー シンプルやミニマルを狙ったわけではなくて、あくまでも足し算で、必然的にできあがった形ということなんですね。ほかに、ご自身のデザインやものづくりにおける、“小泉さんらしさ”ってありますか?

メーカーと長く関係を持続している、継続してモノを作っているってことですね。世の中には3つのデザインがある、ってよく言うんです。

ーー 3つのデザイン?

すぐ売れるデザイン、知らしめるデザイン、じっくり売れるデザイン。すぐ売れるデザインは、流行りのモノや発明的なデザインも含まれたりします。知らしめるっていうのは、奇抜で目を引くようなデザイン。売れなくてもいい。ニュース性があって、メーカーの名前を知らしめることができればいいっていうね。

ーー 陶器の産地にデザイナーが入って、奇抜な作品を発表したりしますね。

そうそう。村田製作所のムラタセイサク君(ロボット)も同じ。一方で、柳宗理さんみたいに、じっくり長く売れ続ける、ロングライフなデザインもある。どれが良い悪いじゃなくて、デザイナーとメーカーが同じ目的を共有できればいいんです。

ーー となると、“持続”がテーマの小泉さんは、三番目のじっくり売れるデザイン?

やっていくうちに、だんだんそうなりましたね。いま世の中にあるモノを見ても、じっくり売れるデザインのモノが魅力があるなあと思うし。

ーー そのために欠かせないものって、なんでしょうか?

作る人(メーカー)の技術や地域の素材、一番大事なのは心意気って、よく言ってます。当事者たちのやる気があるかどうか。これが一番ですね。そういう意味で、宮崎椅子製作所の宮崎さんは心意気があると思います。そういうところが、ずっと一緒にものづくりをやらせてもらってる理由ですね。

ーー ものづくりの先に、小泉さんが目指しているものってありますか?

僕ね、自分の手がけたモノが、古道具になってほしいってすごく思ってるんです。

 

ーー 古道具、ですか?

古道具って魅力があるでしょ? なんで僕は古道具が好きなんだろうって考えたんです。ひとつは、タフである。丈夫って意味ではなくて、素材らしさで持続できている。木なら木の温もり、紙なら紙のはかなさみたいなものとかね。ふたつめは十分な性能。足りないと使いにくいし、多いと使われなくなる。みっつめは、情緒的である。最近だと「エモい」って表現するのかな(笑)。きれいだな、愛おしいな、という感覚。自分のモノも、同じような判断で作ってきたところがあるんですよ。だからいずれ古道具になってくれたらいいな、と思っています。

リビングや寝室で、ゆらゆら、うとうと、赤子を優しくあやした椅子は、やがて親となった子へと譲られ、さらに孫へと受け継がれてゆく…… 小泉さんと宮崎椅子製作所が、じっくり作ったtontonからは、そんな微笑ましい未来の姿が浮かぶ。どうか、じっくり長く愛される椅子になりますように。いつか古道具と呼ばれるようになる、そのときまで。そして、さらにそのずっと先まで。

Written by Aya Nihei

Aya Nihei

5月 26, 2023

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